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2007年3月31日(土)
アレンジ

 エディンバラで初めてドラフトのアサヒビールを頂いた。ある店員によれば、非常に売れ行きがいいという。私の意見では、少々欧州テイストにアレンジしている気もするが、日本のビールがエディンバラで人気を得ていることは非常にうれしい。
 ある人に教えられた、いくら日本が世界に誇るすばらしい文化や商品を持っていても、世界の人間にわかるようにアレンジできなければビジネスにならない。それと同時に、いくら世界を知っていても、日本に合うようにアレンジできなければ、日本でアドヴァンテージを得ることは出来ないと。日本のビールを欧州で飲みながら、今日はそのことが深く理解できたような気がした。

2007年3月30日(金)
感謝の心

 エディンバラに生活していて様々な出会いを経験させていただいた。それらのご縁と幸運には感謝してもしきれないものがある。そのようなこと考えてBARに立っていると、友人がやってきて、私はあらためて多くの人に支持され、大切にされ、理解されてきたことを教えてくれた。
 誰が、どのような場所で私を見かけ、どのような意見を下さったか。それらすべて、非常に好意的なご意見だった。この場を借りて申し上げたい。私のような人間にレヴェルアップの機会を下さった環境と、ご縁に心から感謝していると。今後もこのような気持ちを忘れずに、謙虚に生きていきたいと、心から願うばかりだ。

2007年3月29日(木)
春の日差し

 エディンバラに春らしい日差しがやってきた。芝生に寝転ぶ人の姿は咲いた花を見るのと同じくらい春を感じる。濡れた歩道をうつむいて歩く冬が終わりを告げたのかどうかはわからないが、また一歩、暖かいシーズンに近づいたことは確かだ。
 雲ひとつない青空を見上げる。まっすぐに伸びた飛行機雲が見える。エディンバラの空は青い。この色はここ以外で見ることは出来ない。

2007年3月28日(水)
イタリアンJOB

 EURO2008の予選。スコットランドはイタリアとアウェーで戦った。結果は0−2の敗戦。前半の早い時間に先制点を許した後、イタリアのペースで試合が進み。後半に追加点を許してしまった結果であった。
 ここでイタリアに学ぶべきことがある。それは奪った得点の守り方である。先制した得点を有効に使いながら続ける試合運びには正直驚かされた。勝ちにいくというより、負けないを貫き通す姿勢。守った1点は奪った1点と同じ価値があると考えるフットボール哲学。これぞ、世界王者の理論である。
 フットボールにおいて得点は最高の喜びであり、苦闘苦難の結果である。しかし、守備の徹底も得点と同様の価値を見出さなくては試合には勝てない。しかしイタリアは守ることで勝ちを引き寄せている。見ていて楽しいフットボールかどうかは別として、勝つために必要な要素を貫く。イタリアのフットボールは本当に勉強になる。

2007年3月27日(火)
伝説のミスター・スコットランド

 スコットランド代表38キャップ。28ゴール。SPL生涯ゴール234の男、ロウリー・ライリーさんの自宅に遊びに行かせていただいた。ライリーさんとは8年以上の付き合いで、湘南ハイビース結成に様々なアドヴァイスを頂いたご縁がある。現在は高齢の紳士であるが、過去の経験は他に例のない貴重なものばかりである。このたびは、湘南ハイビースの活動内容、そして今後のプランをご説明に自宅までお邪魔させていただいたのだ。
 スコットランド代表としてイングランドとプレーしたお話し。ハイバーニアンFCのストライカーとして走りぬけた時代について、存分にお話しいただいた。
 私は誓う。このようなお時間を頂いたご恩は、次の世代に還元していくと。ひとりでも多くの人間にライリーさんのスピリットを継承していくために、全力をあげて湘南ハイビースを運営していくと。運営の目的は明確に見えている。大切なことは、どのように実行するかである。

2007年3月26日(月)
月曜日のゴールマウス 戦略のない駆け引き

 どのような練習も頭の中を戦略的に動かさなくては進歩はない。ここまで14ヶ月も続けている練習も最近は、正直、物足りなさを感じている。その理由はゲームのマンネリ化にある。
 ディフェンスの大切さを語るまでもなく、攻撃重視のゲーム式練習が続く。それによって私の求めている戦いが無視される。この国のフットボール感覚がこのような状態にあるなら、文句は言えないが、それにしても勝つための駆け引きが感じられない。点を取ることと、奪った点を守り抜くことは同じ価値があることは世界共通の理論である。
 守備の出来ない5人制のフットボールは勝つ気がない自己満足のレクリエーションでしかない。そのようなトレーニングに最近疑問を感じている。質の高いシュートを受け止める楽しさと、天秤にかけている自分が寂しい。

2007年3月25日(日)
心に響く言葉

 日曜日の朝、眠い目をこすって6時半に家を出た。深夜にサマータイムに切り替わり、時計の針を1時間前に進めたため、前日までの感覚でいえば5時半である。それから、グラスゴーまで電車で向かう。いつもは人で溢れ返っている中心街に人はほとんどいない。(写真上)
 例によって日曜日、西海岸を走る列車は路線の工事のため全線不通。代替のバスに乗って北エアシャー、アーヴィンへとたどりついたのは10:30分をまわった頃であった。
 私は8年前から、ここにあるドレグホン&スプリングサイド教会の皆さんをお付き合いをさせて頂いており、今日はサーヴィスに参加させていただくために、わざわざエディンバラからやってきたのだ。同じスコットランドとはいえ、反対側の海に面した地域、ましてや、サーヴィスのある日曜日の公共輸送機関は本数が激減するため頻繁に顔を合わせることは出来ないが、たまに足を運ぶたびに親切にしていただいている。
 この教会こそ、平塚市の馬入川沿いにある教会がスコットランドで運営されていた頃の信者さんたちがいらっしゃる教会である。ドレグホンという小さな街には、かつて多くの教会があったが、人口や信者の減少により、教会が統廃合された。1993年に閉鎖され、96年に取り壊され、97年に日本に移築されたものが平塚にある現在の教会である。日本に移された教会の信者さんたちは、同じ街にある教会に統合され、現在も立派に教会を維持し、活動を続けていらっしゃる。
 今日はサーヴィスに顔を出し、その後の集会まで見学させていただいた。本来の信仰とはこういうものなのかと、久々に体感できた気がする。日本のマスコミは信仰を持つ人を悪く扱う傾向がある。しかし、この国では教会は地域の発展に大きく貢献しているし、強い影響力を持っている。ハイバーニアン、セルティックをはじめ、多くのフットボールクラブは教会の社会活動に設立の起源を持っていることは日本ではあまり知られていない。
 今日はまた、様々なアドヴァイスを頂き、様々な考え方の基礎を教えていただいた。今後の湘南ハイビースの運営のヒントにさせていただこう。このような機会を頂いたことに感謝しながら、3時間かけてエディンバラへと戻った。

2007年3月24日(土)
予選、まだまだ負けません

 今週は各国内リーグは休みで、欧州はユーロ08の予選が予定されている。以前にもお話ししたが、2008年はスイスとオーストリアの共同開催。今年の秋まで厳しい予選は続いていく。スコットランドはフランス、イタリア、ウクライナといった前回のW杯でベスト16まで残った3チームが同席する死のグループに入ってしまったため、本戦への道は絶たれたかと思われた。
 しかし、予選が始まってから4勝1敗で勝ち点12。これは首位のフランスと並んでリーグトップである。
 今日、行われたグルジア戦、序盤はクリス・ボイドのゴールで先制し、いいスタートを切ったが、前半のうちに追いつかれ、その後は相手にいいように振り回される展開。ホームゲームにもかかわらず、ボール試合率はグルジアが勝っているほどであった。DFがボールを奪っても相手の寄せが早いため、前線に不用意にロングボールを入れてしまう。引いている相手はそのボールを奪い、スコットランドにリズムを取らせない。
 後半残り30分を切ったところで、アレックス・マクリーシュ監督はハイバーニアンFCのスコット・ブラウンを投入。中盤の組み立てを図る。これが功を奏したとはいえないが、徐々にリズムを取り戻したスコットランドは残り1分で勝ち越しゴール。勝ち点3を加えてフランスにしがみついた。このあたりを見ると、スコットランドには粘りも運もあるように思える。
 次は4日後に舞台をイタリア・シチリア島に移し、イタリア代表と戦うことになる。全日程を折り返す、最大の山場を迎えるスコットランド、果たして結果はいかに・・・。 

2007年3月23日(金)
冬の終わり

 エディンバラは3月末とはいえ、まだまだ寒い。特に風が吹き始めると、身にしみる寒さを感じる。いくらか、最近は春らしい陽気を感じる瞬間もないわけではないが、スコットランドの気候は簡単に春を楽しめるほどマイルドではない。
 そんなスコットランドも今週末からサマータームに切り替わる。そうなれば夕飯は明るいうちに食べなければならない不思議な感覚の再来となる。夏は23時頃まで明るく、冬は15時半で夕暮れになってしまう国であるが、この時間の切り替えが、様々な意味で季節の変わり目なのかもしれない。切り替わると、一気に昼間が長く感じる。日曜から始まる久々のサマータイムを前に、もう少しだけ、冬時間を楽しみますか。

2007年3月22日(木)
新記録

 研修の合間を縫って、人の少ない時間帯にリース・ヴィクトリアスイムセンターへ。混雑がない場合は自分のペースでのびのびと泳ぐことが出来るのでありがたい。
 今日は早めにクロールで25メートルを10往復。プールが混雑していると余計なストレスを感じてしまい、うまく出来ないので、このような機会を利用するに限る。ひと休みの後、さらにもう一度10往復。ここまで一気に仕上げたのは新記録だろう。1年続ければ続けただけ上達する趣味は多いほうがいい。特にスポーツは達成感という副産物をもたらしてくれる。この環境には感謝してもしきれない気がする。

2007年3月21日(水)
ヘッドギア

 イングランドプレミアリーグのチェルシーに所属するGKペトル・シェフ昨年10月14日に行われたレディング戦で相手選手ステファン・ハントと衝突、頭蓋骨陥没骨折の重傷を負った。その後、彼はラグビー用のヘッドギア(写真)を着用して復帰を果たしたが、このヘッドギアがGKたちの賛否にさらされている。
 ご存知のようにGKとは非常に怪我のしやすいポジションでシェフのように選手生命を左右するようなアクシデントに発展しまうケースだって考えられる。そのような事故から頭部を守るために考えれれているのが、このラグビー用のヘッドギアなのであが、GKによっては必要ではないと考えている人も少なくない。
 現在はリーグによって着用が認められているだけにとどまっているが、もし、今後、このような事故が多発すれば着用が義務付けられる可能性もある。そうなれば、着用したくないと考えているGKも着用が義務付けられる。
 私は個人の自由の中で着用するのがいいのではと考えている。50年前、GKはグローブさえしていない中、今よりも重たいボールでプレーしていた。その後、グローブ着用が主流になった。時間をかけて着用することが主流になっていくのではないか。頭部を守るということより、頭部の怪我に対する恐れがなくなることのほうが、GKとしては思い切ったプレーができるのでありがたいと考える。

 チェコ代表GKでもあるペトル・チェフには2月22日、UEFAから朗報が届いている。ユーロ2008予選でのヘッドギア使用が認められることが正式に決定されたのだ。活躍を期待しよう。 

2007年3月20日(火)
書籍を探す

 最近の趣味のひとつが本屋さんを回ることだ。日本ではなかなか手に入らないような書籍がたくさんおいてある。値段は高いし、重量もあるので、日本にもって帰られる量は限られてしまうが、いずれのことを考えて、できるだけ吟味をし、探し出すようにしている。
 将来、自分の英語をさらに伸ばすため、英語を教えて欲しいといわれたときのため、出来れば楽しく、長く、学べるものがいい。そんなことを考えながら本屋にいると、あっという間に時間が経ってしまう。これは、時間を見つけてゆっくりと、まとめて探すしかなさそうだな。

2007年3月19日(月)
月曜日のゴールマウス 守備ができないなら

 今日は我ながら好セーブが出来たし、ある程度は満足の出来る内容だった。しかし、守備の出来ない味方選手には非常に腹が立ち、めずらしくぶち切れそうになった。いくら私が相手のシュートを止めても、走れない、守れない、キープできない味方では失点は避けられない。何度となくセーブした後のリバウンドが相手アタッカーに転がり、失点となったことだろうか。
 理由は簡単。ハイバーニアンサポーターは昨夜、晩くまで喜びのあまり酒を飲みすぎたため、今日のゲームで走れない状態にあった。普段と変わらない日曜を過ごした他の選手とは明らかに動きに違いが出ていた。しかし、それは言い訳に過ぎず、守備が出来なければ攻撃も何もないことは自明の理だ。勝ちたいなら、点は取られないようにすればいい。走れないくせに、点を取ろうとばかりするから守備が出来ず、失点してしまう。バカな話だ。そんなメンバーと練習を続けるには忍耐が要る。
 以前も述べただろうか、そうなれば、私は私の練習をすればいい。シュートを受ける練習だと思って、サラリサラリと受け流し、楽しくやりましょうか。

 おもしろいフットボールかどうかは別として、守備が出来ればチームの勝率は上がる。これは間違いない。1点差でも勝ちは勝ちだ。過去2シーズンのセルティックがどれほどの試合を1点差で勝利してきたことか。勝っていても1点差、負けていても1点差で試合を進め、90分目には勝利を引き寄せる。今日は守備の練習は必要だと思い知らされた。 

2007年3月18日(日)
16年ぶりの栄光

 日本のナビスコ杯に相当するCIS杯決勝、キルマーノック対ハイバーニアンがグラスゴーのハンプデンパーク・スタジアムで行われた。朝方が晴天が広がっていたものの、昼前から振り出した雪は強くなるばかりで、決してプレーしやすいコンディションではなかった。
 立ち上がり、いくつかチャンスがあったものの、ハイバーニアンはキルマーノックに押されっぱなしの状態が続く。しかも雪の混じった向かい風がハイバーニアンゴールに吹き付ける。まさしく忍耐の時間帯であった。
 26分に最初のCKを獲得。そのチャンスにCBでキャプテンのロブ・ジョーンズが頭で押し込み、最高の時間帯に貴重な先取点を獲得した。押され意味に試合を進められていただけに、味方のバランスを取り戻すゆとりがチームに生まれた1点であった。
 後半に入り、雪もやんだ中、ハイバーニアンは徐々にギアを切り替え、攻撃にキレを見せ始める。中盤を支配すると同時にシュートで終わる理想的な攻撃でリズムをつかんでいく。
 57分、キルマーノックベンチが動く。ジム・ジェフリー監督は中盤のレヴェンに変えて攻撃的なガリー・ウェールズを投入する。(私の意見では)この交代が裏目に出た。ハイバーニアンが攻撃を続けている時間帯、別の言い方をすればキルマーノックが守らなければならない場面で、選手を入れ替えてしまった。それによって決定的なチャンスがハイバーニアンに生まれ始め、2分後、DFからのパスを素早く受け取ったFWベンジーが相手DFをかわしながら鋭くゴールに突き刺した。
 決勝という大舞台において残り30分の2点のリードは大きい。得点差以上にゲームを運ぶ精神的ゆとりに差が出るからだ。ここからのハイバーニアンは守備ありきの、安定した試合運びに終始する。その上で相手が隙を見せたら追加点をもらいにいく姿勢を貫いていた。
 キルマーノックはなかなか中盤でボールが奪えない。そのためFWに決定的なパスが供給できず、反撃のきっかけを見出せない。そんな66分、MFが奪ったボールが左に張っていたFWフレッチャーに流れると、得意の左45度の角度から3点目のゴールが生まれた。これで試合あり。結局、ハイバーニアンは相手の反撃を1点に抑え、自らはさらに2得点し5−1で16年ぶりのリーグカップ制覇を果たした。

 16年前といえば1991年、Jリーグの始まる2年前のことである。その頃から無冠のまま過ごしたサポーターの喜びは大きかった。エディンバラに戻り、街中には優勝を祝う市民がスカーフやフラッグを手に押し寄せた。20時、監督や選手を乗せたオープンTOPバスが市内中心部とリース地区を走り、凱旋ムードをさらに盛り上げた。
 どのようなタイトルであっても、優勝というものは非常に気分のいいものである。このうれしさは優勝までの道のりが困難であればあるほど強くなる。94年のベルマーレの天皇杯優勝の際も、確かにうれしかったが、当時は始まったばかりのフットボールシーンに知識と経験が追いつかず、喜びが理解できていなかった気がする。今日の優勝は自分自身、初の優勝経験である。この経験が私の「未来における物事の考え方」に新たな光をもたらしてくれると信じたい。

2007年3月17日(土)
泳げ、どこまでも泳げ

 身体は疲れている。しかし、運動したい要望も強い。サウナで余分な水分を発散し、リラックスして、旅の疲れを癒すとともに、頭の中を切り替えたい。そんな私が向かうところは行きつけのリース・ヴィクトリアスイムセンター。
 土曜ということで混雑していたが、サウナが混んでいるなら、空くまでとにかく泳げばいい。結局、2時間以上も滞在してしまった。身体は疲れている。しかし、精神的にはリフレッシュできた。この勢いを利用して普通の生活に戻るのだ。

2007年3月16日(金)
旅の収穫と今後への心得  イングランド紀行07 最終日

 ロンドンにいると時間がいくらあっても足りない。大英博物館にいってみたが、エディンバラに戻る列車までの時間が少なく、ゆっくり展示を観察することが出来なかった。コベントガーデンまで出て大道芸をゆっくり眺めようかと思うが時間がなく、オチがわからないままその場を去ることに。昼食もめったに口に出来ない、せっかくの「お刺身定食」も時間を気にしながら慌しく食べることになってしまった。
 今日まで旅を通じて多くの友人と、お世話になった皆さんに再会することができた。「自分の昔の姿を知る人間と何年ぶりかに再会することは非常に大きな財産であり、今後の自分を発展させる大きなきっかけになる」と感じることが出来た。普段は顔を合わせないし、特に大きな利害関係もないが、それだからこそ大切な存在になっている友人もいる。そのような存在が大切なヒントをもたらしてくれることが、得てして大きいのではないだろうか。
 今後、彼らとのお付き合いが、どの程度続けられるかわからないが、いつかまた、ヒントが必要になれば、時間を見つけて会いに行きたい。彼らだけに限らず、今後も多くの「自分を知る昔の友人」を大切にし、お互い、いい意味で影響しあえるような関係を少しでも多くつくろうと思う。時間的にも金銭的にも非常に苦労した旅であったが、非常にいい経験と勉強、そして取材が出来た。ご支援くださった皆さんに感謝したい。

2007年3月15日(木)
永遠の大都市を歩く イングランド紀行07 4日目

 昨日はロンドン北部を散歩したので、今日は天気もいいのでテムズ河沿いの南ロンドンを散歩した。地下鉄ウェストミンスター駅から河沿いを北上し、トルファルガー広場で休憩し、ギャラリーに立ち寄り、ソーホーのお好み焼き屋さんで昼ごはんを食べた。
 その後、何を考えたのか、地下鉄でナイツブリッジまで移動し、ハロッズデパートさらに2度目の昼食を頂いた。ロンドンには信じられないほどの日本食レストランや食材店、さらには古本屋まである。手に入らないものはないほどだ。また、歩く場所によっては日本人の人口も多く、どこにも英国らしい部分が見られないところもある。
 そういう意味で、ここまでスコットランドのエディンバラに生活することでロンドン以上に英国らしい文化に触れ、英語をフルに使って生活し、厳しい中で自分を伸ばしていくことができた環境に感謝しなくてはならない。もし、ロンドンのような環境にいれば、日本とたいして変わらない生活をしてしまったことだろう。
 後から聞いたことであるが、現在、ソーホー地区の日本食料理店は金曜、土曜は人だらけで、19時までに店に行かなければ21:30まで席がないという。しかも、特別美味しいわけではない店が、信じられない利益を上げているという。そのことを教えてくれた20年以上の付き合いの香港の友人は言う。「どうだい、あの平塚のお好み焼き屋さんにしばらく修行させてもらって、エディンバラに店を出したら? 少なくても5年で支店が出せるよ」。
 エディンバラで日本料理か。イヤでも想像が膨らんでしまう。 

2007年3月14日(水)
永遠の大都市をさまよう イングランド紀行07 3日目

 久々のロンドンを歩いている。ロンドンには何度も来たことがあるが、自分の時間を過ごすチャンスは非常に少なく、来るたびに人から頼まれた仕事やお使いをこなすだけで滞在時間が終わってしまった印象がある。そのため、今日はコベントガーデンで遅めの昼食を取ってから、地下鉄でベーカーストリートに移動し。夕暮れの大都市を自分の足でゆっくり歩いてみることにした。
 名探偵シャーロック・ホームズの舞台となったベイカーストリートから、小さくてもお洒落な店が立ち並ぶメリルボーンのハイストリートに移動する。仕事帰りの時間を楽しむ人、買い物をする人、本を探す人。ここはまさしく都会の人の空間だ。
 オクスフォードロードに出れば、もう銀座のデパート街の様な世界である。東京にいるような感覚に見舞われる。そのまま高級ブティックが並ぶリージェントストリートを歩き、ソーホーのレスタースクエアまで戻ってきた。
 物価は10年前の1・6倍、ポンドも当時の1・6倍。とても買い物できる余裕はなく、ウインドウを眺めるばかりであった。それでも、久々のロンドンで自分の時間を過ごせるありがたみは理解できる。また、都会のよさと悪さも比較できる。短い滞在だが、この大都市が10年でどのような変化を遂げ、どのような部分を維持したのかを出来るだけ感じるようにし、今後の自分の財産したい。

2007年3月13日(火)
かつて自分が住んだ街は イングランド紀行07 2日目

 1996年から97年までの1年間、私はこのバーミンガムに暮らしていた。ロンドンから東京ー小田原間ほど離れた英国第2の都市である。
 今日は友人と再会すべく、約7年ぶりにこの街にやってきた。ニューストリート駅を出て、目の前に広がる大型ショッピングセンターや見たことない建物に驚き、右も左もわからず、ホテルに辿りつくまで2度も案内所に立ち寄ってしまった。住んでいた街とはいえ、このように自分の居場所がわからなくなることもあるのだろうか?
 当時の絶対的な親友であったマークはすっかり社会人らしさを身につけており、その一方で楽しいキャラクターはそのまま。彼のうれしい変化に安心と感動を覚えた。昔話やそのほかの友人たちの近況話が弾んで、気がついたら深夜になっていた。
 バーミンガム時代は言葉にも生活にも不自由しており、何から何まで初めての経験であったため、楽しかったことより苦しかった思い出のほうが多かった。そのため、当時を思い出すたびに試練の時代だったとばかり考えていた。
 しかし今日、マークと再会し、昔話で盛り上がってみると、私の中のどこかにバーミンガムに生活していた時代が根強く残っており、その経験と知識が今の自分を基本構造として支えているような気がした。彼と再会しなければ気がつかなかっただろう。言葉の不自由もほとんど解消されたことも、今日の再会を有意義にしてくれた。このような出来事に深く感謝すると同時に、マークを始め、今日、再会できなかったご家族の皆さんやそのほかの友人たちのご健康とご多幸をお祈り申し上げたい。

2007年3月12日(月)
変わった世界、変わらない世界 イングランド紀行07 1日目

 エディンバラから列車に乗り込み、北イングランドの中心駅、プレストンまで行く。さらにそこから、1時間にい本しかない単線電車に乗り換え、ブラックバーン方面へ1時間15分。ようやくネルソン駅に到着した。そこで知り合いに車で拾っていただき、バローフォードへ向かった。
 私の家族の商売のご縁で、この町の皆さんと交流が始まったのは、もう10年以上前のことになるだろうか。当時は今ほど英語が話せず、地理感覚もなかったために、この町に来ることも、お話をするのも困難を極めた記憶がある。頻繁にとはいかなかったが、何度も通い続け、また、一度だけこちらの数名を日本にお招きし、細く長い交流を続けること10年。様々なことを学ばせていただいた。
 日本からここに来るのではなく、私が英国のどこかに住居を構えて、ここまで旅をしてくる方がコンディションもいいためか、様々なことが吸収できた気がする。
 今日、数年ぶりに再会した皆さんはほとんどお変わりなく、お元気そうで何よりだった。ただ、驚くのは10年前に幼稚園生だった子供たちが中学生になっていたり、小学生が大学生になっていたりすることだ。すっかり成長してしまった若い人たちとの再会はどうコメントしていいのか、言葉に詰まる。
 時の流れはこれほどまでに速いのかと思いつつ、今後、少しでも長くこのご縁が続きますようにと、心の中で祈りながら、目の前に広がるランカシャーの風景を見つめていた。 

2007年3月11日(日)
パーティーでPR活動

 ある友人のお招きでハイバーニアンFCの「The Player of the Year」という式典に出席させていた。この式典はハイバーニアン・サポーター協会の会員による今年度の最優秀選手の表彰式である。そのため、主要な選手はもちろん、監督や会長まで姿を見せていた。
 私も先日、会員になったばかりだが、誘ってくださった友人をはじめ、皆さん、とても親切で、楽しい時間を過ごさせていただいた。この場を借りて心から感謝を申し上げたい。
 私は料理や飲み物を楽しむことを忘れていたわけではないのだが、限られた時間を利用して、出来るだけ多くの方々に湘南ハイビースについてご説明させていただいた。うれしいことに、お話しをさせていただいたひとりひとりに激励の言葉を受けたり、今後の発展をお祈りすると握手を求められたりと、我々湘南ハイビースの努力が異国の皆さんに少しずつ理解されていくように感じられた。
 また、この機会の中で監督であるジョン・コリンズ
やロッド・ペットリー会長ともお話しが出来たことは非常にうれしかった。ここでは詳しく述べないが、このような千載一遇の機会に感謝するとともに、ここで得た知識と感覚をひとりでも多くの方のお役に立てるように、今後も努力を続けていく覚悟だ。

2007年3月10日(土)
庭のサクラ

 アパートの庭に日本でいう「河津桜」のような種類のサクラの木がある。3月になるかならないかという頃に咲き始めたので、初めは梅ノ木かと思っていたが、どうやらサクラのようだ。一度に咲くのではなく、少しずつ、長期にわたって咲き続けていく品種のようだ。
 今年は温暖化の影響で咲くのが早かったのかもしれないが、日に日に花を増やしていく姿を見るのが最近の楽しみになっている。植物には詳しくないのだが、花が咲ききっていないのに、もう既に葉が姿を見せている。天気のいい日を選んで、部屋の窓から見下ろしながら酒でも飲みますかな。

2007年3月9日(金)
風林火山

 とあるご縁で頂いた、井上靖の『風林火山』を読んでいる。この作品は今年のNHK大河ドラマの原作になっているようで、NHKがコンスタントに見られないのが非常に残念だ。
 各種ホームページで調べるとキャストが豪華で、ますます映像が見たくなるばかり。ここは我慢あるのみです。

2007年3月8日(木)
湘南ハイビースへ頂いたメッセージ

 今週の木曜日も、ある方のご縁で、ヒブス・クラブというハイバーニアンサポーターの施設にお邪魔させていただいた。また、その場にて残り一枚しかない11日(日)のハイバーニアンFCクラブイベントのチケットも譲っていただいた。非会員である私にこのような許可が出るのは異例のことであろう。ご尽力いただいた関係者に感謝したい。
 さて、今日は、そのご行為に感謝して、その場にいらした方々に湘南ハイビースについて、ご説明させていただいた。既に湘南ハイビースを知っている方もいらしたが、皆さん、うれしそうに最後まで聞いてくださった。
 彼らは我々が準決勝で破れたこと、次のシーズンが4月に始まることなどを理解してうえで、概ね次のようなご意見とアドヴァイスを下さった。ここに要約を書かせていただくともに、重ねてお礼を申し上げたい。

以下:要約
 湘南ハイビースの目的はシンプルに言って勝利だと思います。これは間違いないでしょう。ただし、同じ勝利でも意味のある勝利であって、勝つことによって、チームが縮小してしまったり、力をなくしてしまったりしてはいけません。
 皆さんが考える「湘南ハイビースの目的である勝利」は勝つことによって仲間を増やし、自分たちの得られる幸福を出来るだけ多くの人と共有することではないでしょうか。そのために、今出来る努力を必要な状況に合わせて正しく行っていただきたい。
 趣味で集まった人間が短い期間自分たちだけで楽しむために結成されたチームではないと聞いています。一度の大会で燃え尽きてしまわないように、そして、今と灯されている火が、今後、皆さんが出合う多くの人々に続くように、我々心からご武運をお祈り申し上げます。

2007年3月7日(水)
水曜日もゴールマウス もういいでしょう

 今日も先週の水曜日に引き続き、7対7のミニフットボールに参加させていただいた。私自身、まだ、このサイズのフットボールを理解していないのかもしれないが、今日のゲームで、一気に興味を失ってしまった。
 その理由は、守備が出来ないフィールドプレーヤーが多いからだ。7人制は5人制より走らなくては勝てない。逆に言えば走れば走るほど相手チームとの差が出てくる。そのため、ポジションが入れ替わらずに固まっていると必ず各局面で数的不利に陥る。
 今日のゲームにて、ある選手は得点したいだけで前線から動かず、ある選手は疲れたくないからDFの位置から攻撃参加をしない。それに影響されて中盤はポジションを臨機応変に変えることができなくなる。相手は我がチームより走ることを通じて、すべてにおいて自在な状況を作り出していた。
 5人制なら前線もDFもなく、できる人間がポジションを変えながら戦うことは理解できても、ゲームに2人増えただけで、各ポジションに固定したまま動かなくていいと思っている人間が多すぎる。主催してくださっている友人と一度は話し合いを持とうと思うが、もし、納得する答えが得られない場合は、時間の無駄だ。7人制の練習をやめよう。このような貴重な経験には感謝はしているが、フットサルのGKとしての練習や他流試合を通じての向上には結びつかない気がする。

2007年3月6日(火)
栄光の1枚

 つまらないものを披露させていただくことを、まずはお詫びしたい。今日、研修先から頂いたケンブリッジ英検FCEの合格通知である。グレードCはあるが合格は合格。この場をお借りして、ご支援を頂いた関係者の皆さんと、応援してくださった皆様にご報告させていただくとともに、心から感謝の意を申し上げたい。
 思えば合格まで、長く遠い道のりだった。ひとつ下の検定であるPETの合格から10年、初めてのFCE受験から6年、3度目の挑戦でようやく手にしたことになる。 しかし、不思議なもので、あんなにも苦しんだ結果、手にした合格にもかかわらず、思いのほか冷静に受け止められる。少し失礼な言い方をさせていただければ、FCE合格は私の通過点でしかなくなっているからかも知れない。
 何かを手に入れた地点で、次へのチェレンジは既に始まっている。たとえ「次のチェレンジが何なのか」、明確に見えていなくても、いつまでも栄光にしがみついてはいられない。「現状維持、すなわちこれ落伍なり」。ある方に教えられた言葉を思い出す。すぐに次のチャレンジをすることはなくても、通過点にしがみつくことだけはしたくない。1枚の紙を見つめながら、なぜか、そう思った。

2007年3月5日(月)
月曜日のゴールマウス わがままを言わせてもらえば

 これも日本のハイビースの活躍の影響だろうか。最近、戦術や向上心のないフィジカルだけのトレーニングに疑問を持ち始めている。別の言い方をすれば、1時間以上、同じリズムでただゲームを繰り返しているばかりで、臨機応変なポジショニング、戦略、コミュニケーションが全く見られない練習が苦痛になり始めている。
 やろうとして出来ないのではなく、スコットランドの皆さんは、そのような分野に興味がないように見受けられる。個人のレヴェルが高く、フィジカルも強い。しかも勝敗にこだわる国民性だからこそ、これらの態度には首を傾げたくなる。最近は、皆さんなぜかDFに興味がなく、一度破られれば、簡単に諦めてしまう。このような世界でGKの修行は苦痛でしかないときもある。
 ただし、ここで腐らないのが大切で、考え方を変えれば、多くの実戦的なシュートを受ける練習には、このような絶好の環境はない。勝敗にこだわっていれば、時間を無駄にすることが多くなると感じれば、考えを瞬時に改め、自分なりの経験をつめる手段として捉えるようにするしかない。いずれにしても、私は今、何か大きな分岐点にいるような気がする。

2007年3月4日(日)
GKのミス

 スコットランドが誇るビッグクラブ、レンジャーズをホームに迎えた試合、実力では明らかに上回る相手に対し、ハイバーニアンは善戦を続けていた。ただし、2つの大きなミスで試合は0−2でレンジャーズのものとなった。
 前半、ハイバーニアンが押され続けた立ち上がりの時間帯を乗り切り、ようやくリズムをつかみ始めた頃、ゴールから35メートル右45度でレンジャーズはFKを獲得した。しかし、GKサイモン・ブラウンはゴールマウスの右側に立ったまま、いつまでも味方に支持を送っている。その隙にレンジャースMFチャーリー・アダムは左足で切れのいいボールをがら空きのゴール右隅に突き刺した。モニターで繰り返し確認したが、明らかにブラウンの立ち位置がおかしかった。ボールに対しても全く反応できず、ネットに吸い込まれるのを見送っているかのように思われた。
 後半に入り、徐々に攻勢に出るハイバーニアンだが、なかなか思うように得点に結びつかない。攻め切れない時間帯の中で、またしても同じ位置から相手にFKを与えてしまった。再度、アダムの左足から放たれたボールはブラウンの胸におさまったかと誰もが思った瞬間、ボールは股を抜けてゴースに転がっていった。地面に手を何度もぶつけて悔しがるブラウンだが、この1点で勝負は大きくレンジャーズに近づいてしまった。

 試合は攻撃的な選手を投入し、反撃を試みたハイバーニアンであったが2点を守りに入った相手DFはゆるぎなく、見せ場はあったものの得点できずに終了となった。GKのミスがなければ0−0試合だった。場合によっては1点を奪って勝利するチャンスもあっただろう。1試合に2度もGKがミスをする試合は初めて拝見させていただいたが、GKだけを責めても仕方ない。
 結果的にミスをしたのがブラウンであったが、彼を起用したのは監督であるし、彼のコンディションはそのままチーム状態の表れとも言い切れるからだ。

 今日も多くを学ばせていただいた。学ぶことは勝った試合にではなく、負けた試合にこそ多く存在する。再確認できたことに感謝したい。

2007年3月3日(土)
マーケット・リサーチ

 ここは私の住む地区とは逆の西エディンバラ。城をはさんで反対側のキャッスルテラスである。ここではほとんど毎週土曜日、農家の皆さんによるマーケットが開かれており、新鮮でリーゾナブルな値段で野菜、精肉、卵、魚、ジャム、パンなどの加工品が手に入る。
 しかも、その場で調理をして売っているものもあるので、買い物をしながら昼食をと手いる人も少なくないという。私も新鮮卵とラム肉のハンバーグ、キャベツ、パン、フレッシュジュースを購入。普通のスーパーマーケットでは味わえない開放的な買い物の時間を過ごすことができた。
 それにしても、各店舗とも「健康、安全、美味しい」を強調していたのが印象的だった。

2007年3月4日(日)
金曜日もゴールマウス

 先日、クイーン・オブ・サウス対ハイバーニアンFCのスコティッシュ杯準々決勝を観戦するため、片道約3時間のバス旅行に混ぜていただいたのだが、その際にGKをやっているのなら、次の金曜日に7対7の試合に出てもらえないかどうかという依頼を受けた。期待に副えるパフォーマンスが出来るかどうかは約束できないが、という条件付でプレーさせていただくことにした。
 事情もよくわからずゴールマウスを守ったが、どのような仲間の集まりで行われているゲームかもわからずにひたすらにセーブを続けるだけで、不思議な時間が過ぎていく。私がプレーしたチームは、いわゆる「寄せ集め集団」で、相手チームに比べて走れない、守れない、得点できないという散々なコンディション。したがって60分間、ほとんどシュートを受け続けるだけの試合ないようであった。
 立ち上がりは意気揚々と守っていたが、試合球が重く、いつも怪我する左の親指を突き指し、さらに相手FWと味方DFに同時にのしかかられ太ももを負傷。この時点で、怪我をしないようなプレースタイルに変更。とりあえず楽しみながら終わりを迎えることが出来た。
 相手チームに混じっていた友人ダニエル・マッキンレーの話では毎月第一金曜に、ふたつのハイバーニアンFCのサポーターグループが定期的に試合をしていて、今日が3月のゲームだったという。ゲーム後に事情を理解するというのも不思議な話だが、いい経験をさせていただいたことに深く感謝したい。

2007年3月1日(木)
ご指導とアドヴァイス

 久々に夜の大学に顔を出してみた。ギルバート教授はいつものように様々な分野に話しを展開させながら、私に「自分が求めている答えやヒント」を自分で導き出せるように話してくださる。  
 今日は「日本人が持つ自他の相互関係、その特徴と将来について」教えていただいた。
 いくつかの議論を経て、教授は村上春樹の『アンダーグランド』を例に出して言う。「地下鉄サリン事件の被害者のコメントを、ムラカミの本から読ませていただいたが、『一体、日本人は、普段、他人とどのような付き合いをしているのか?』という疑問がわいてくる。コメントの共通点は、他人とコミュニケーションが不慣れなために、このような非常時で、孤独感が何よりも先行してしまい、どのような対応をしたらよいか考えられなくなってしまったような印象を受けることだ。」
 「きっとこれからは、普段から他人と、どのようにコミュニケーションを図っていくのかが議論されることであろう。その解決策として、クラブ活動であり、スポーツであり、文化活動という手段が考えられるのではないか?」
 日本を離れている時間が長い私に、このような意見が正しいのか否かを判断する材料は持ち合わせていない。しかし、教授が何を私に伝えたいのかということはよく理解できた。無類の日本通で、最近は新撰組、八甲田山、五輪書を読んでいるという。
 大学の教壇に立っても不思議ではないほどの知識と発想を持ち合わせているにもかかわらず、教室はあるリースのBARカウンター。授業は究極の国際関係論。生徒は私だけ。授業料はビール代のみという状態である。いつまで受けられるかわからない貴重な講義に、近々いつものようにメモを片手に、また、伺う予定である。

The longest journey is the result of many small steps!

CAPTAIN'S ROOM

SHONAN HIBEES

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