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2006年8月31日(木) 祭りのあと
シルバーマンが踊っている。彼の本当の芸名は知らないが、いつものように顔を銀色の塗料でぬり、黒いスーツ、白手袋、サングラスと言ういでたちでパントマイム。大半のフェスティバルイベントが終わり、観光客が少なくなっても、さすが地元を代表するストリート芸人、パフォーマンスの切れ味は抜群である。
足元にはパントマイムを盛り上げる音楽を流すスピーカーと通行人が小銭を入れるためのケースがおいてあるのが確認できるだろうか。
通行人がお金を入れなければ、彼は壊れたロボットのように動かない。通行人の誰かがケースにお金を投げ込んで初めて、彼は自分のパフォーマンスを始める。
このような名人芸を続けられる芸人魂に思わず頭が下がる。
フェスティバルも、日曜日の花火大会ですべてのプログラムが終了する。その後は、以前のエディンバラに戻り、本格的な冬へと季節は移り変わってゆく。観光客の少なくなったメインどおりのシルバーマンを見かけて、思わず夏の終わりを感じてしまった。
2006年8月30日(水) ウォーターフロント・リースへ
ここはエディンバラ市街地からバスで郊外に出たリース地区。私のアパートは、市街地とリース地区の間にある。
今日は、自分へのご褒美として、めったに食べられない新鮮な魚介類を食べにここに来た。かつてこのあたりは食事の値段も控えめで、景色もいいエリアとして通ったものだが、現在は高級レストランの代名詞になってしまっている。市街地は値段が高く、味も悪い。このリースは「味も景色もいいけど値段も高い」。
また、同じ魚介類も、洋食として食べると、それほどたくさんは食べられず、夜に仲間が集うBARに行こうかと思っていたが、お腹がパンパンにつき、アパートに緊急避難。特別な日だからといって、何から何まで楽しもうとするには無理があるんだな。
無事に誕生日を迎えられたことだけでも、感謝しなくてはいけない。
2006年8月29日(火) 『私本太平記』と『螺鈿の床・さそりの床』
日本の気候にたとえるなら、秋の暮れ頃といってもいいほど、肌寒い風が吹いている。もう、今年は夏日を味わうこともないだろう。急に気温が下がり始めたからか、思いのほか身体が優れず、日中は研修資料の整理整頓に時間を費やした。本当なら、この時間を使って日本にいる知人や仲間にハガキでも書くべきところだが、異国生活のリズムを頭の中で切り替え、日本に書き送るための言葉を探し、手紙にする作業は思いのほか時間と労苦を伴うため、なかなか筆が進まない。また、どういうアプローチで書き始めたらよいものかと、思いのほか躊躇う時間が続く。
明日を迎えれば32歳になる。42年前に若くしてこの世を去った伯父の歳を2年も越えることになる。そんなことを考えているうちに気がついたら夕方になっていた。自身のオートグラフィーである『螺鈿の床・さそりの床』で祖父・友重繁は言う。「自分の人生に降りかかる火の粉は必死に振り払え。今までまわりの人を見てきて、結果的に自分を伸ばし、仕事をのばしてゆく者は、時として人から誤解を受けたり、濡れ衣を着せられたり、災難にあったり、不当な評価をされたときになりふり構わずこれをはねのけ、「不当なことだ」といい続けること、行動することで、いつか自から真実を作り出している。反面、そのようなときに、知る人ぞ知る、天は真実を知っているからいいんだ、自分は間違っていないと、自分に言い聞かせて我慢したり、泣き寝入りをしたり、あきらめてきた人も多く知っている。私もどちらかというと、後者のほうが多かった。これは我が家系の弱点であろう。」
そういえば31歳の1年間の私は後者の道を歩いていたことが多かったように思う。1900年生れで、私が5歳のときにこの世を去った祖父言葉を、今日、偶然にも見つけたことは、祖父からの今の私に届けられた大切なメッセージなのかもしれない。ちょうど『私本太平記』で足利尊氏が自分の祖父が自害したときに、「まだ見ぬ自分に残した手紙を読むシーン」を読んだ直後だっただけに、心に響くものがあった。
明日になれば、また新しい一年が始まる。日付が変わるまで、ここまでの人生に感謝しつつ、祖父の言葉を、自分なりに異国の地で受け止めてみたい。
2006年8月28日(月) 月曜日のゴールマウス
毎週月曜日は、集まった10人を2チームに、その場で分けてできたチームで行う「壁つきフットサル」に参加させていただいている。できるだけ充実した実戦練習ができるように、コンディションを含め、細かい準備にも気を配っているが、異国の地で知り合った友人に与えてもらっている環境だけに、他のメンバーの事情により、自分の思うようなパフォーマンスができなくなることがよくある。
今日はその典型で、毎週のように車で送迎してくれるメンバーの車がバッテリートラブルを起こしてしまい、路上で「押しがけ」をする事態になり、コートについたのが開始予定時間10分後。たいした準備もできず、飛んでくるシュートに触れない時間が続いた。GKは会場について、何本もシュートを受け、目を慣らさなければプレーができない。ようやく慣れた頃では一度相手チームに傾いた試合の流れを引き戻すことはできず、いつものようにヘトヘトになるほどプレーすることもなく、ワンサイドゲームというべき敗戦を味わうことになってしまった。
会場入りが遅くなっていいことは何ひとつない。できる準備や、トラブルを避ける努力は事前に行っておくに限る。たとえば事前に行う会場の確認や、道具のチェック、参加メンバーへの最終確認はすでに「当日のチーム力」を高める作業だと断言していい。また、早めの会場入りは何かにつけて臨戦態勢をとる時間に余裕ができるため、プラスになることはあっても、マイナスになることは決してないだろう。場合によっては「思わぬ幸運」を呼び起こすこともあるかもしれない。
毎週ここで経験し、学んでいることは、言ってみれば「当たり前のこと」だが、言葉や環境に不自由がある中で体験してみると、「当たり前のことを確実にこなすことの大切さ」を思い知らされる。日本では不自由がないと同時に、ごまかしが通用してしまう場合があるため、この大切さを理解することができなかった。これからも、このひた向きな姿勢を維持できるよう、努力を続けていきたい。
2006年8月27日(日) 『新・平家物語』と『デスノート』
移動中、映画の待ち時間や冷たい風の吹くバス停で本を読むことができた。おかげさまで、異国にまでわざわざお送りいただいた『新・平家物語』と『デスノート』を読み終えることができた。この場にて失礼とは理解しつつも、ご尽力いただいた皆様に心からお礼を申し上げたい。
吉川英治著の『新・平家物語』は全16巻にも及ぶ大作で読むのに1年以上かかった。その間に何度、日本と欧州を往復したか。大半を異国で読むことになったが、「日本文学を片手に異国の地を歩く」を経験できたことが何よりの財産なんのかもしれない。また、そう考えると大きな達成感がある。一方、『デスノート』は日本を出るまで知らなかった有名漫画作品。このちで読むがゆえに、考えさせられることも多かった。次は、日本から持ち出してきた、吉川英治著の『私本太平記』全8巻です。
2006年8月26日(土) セルティックに勝ちたい
31歳として迎えた最後の週末。大金をはたいてグラスゴーのパークヘッド、セルティックスタジアムまで行ってきた。ハイバーニアンFCがAWAYでセルティックと対戦するため、チケットを購入し、地元エディンバラのサポーターズ・バスの乗せてもらい、遠足気分で出かけたのだ。自分への誕生日プレゼントのつもりで。
6万人のスタジアム。ハイビーサポーターは1000人ぐらい。少なくても声援と結束は負けない。それが選手に伝わったのか、前半開始10分後にスコット・ブラウンのゴールでハイバーニアンが先制。中村俊輔のFKを含む再三のピンチもポーランド人GKマルコウスキーが好セーブ。1−0で折り返す。
セルティックがこれで黙っているわけではなく、後半はいくらかのチャンスがあったものの、ミスが生まれ、そこからリズムを崩したハイバーニアンは立て続けに2失点。ホーム寄りの判定も災いして1−2で敗れてしまった。
今年3回目のセルティック戦、またしても敗戦となると悲しさがこらえきれない。中村俊輔はそのすべてに出場し、何度もピンチになる場面を演出してくる。今日はコンディションがいつもほどよくなく見えたが、それでもチームの中では各FK、CKを任される中心選手であった。中村がセルティックにいるうちに、私がハイビーサポーターとしてスコットランドにいるうちに、どうしてもセルティックに勝ちたい。
6万人の敵に囲まれ、ソースのついたパイが飛んでくる小さなAWAYスタンドに駆けつけても、今回、その願望は果たせなかった。いずれ、勝利を味わえる日を信じて、臥薪嘗胆、今は黙ってエディンバラに帰ろう。
2006年8月25日(金) 大阪恋泥棒
いよいよ、私が前売り券を所有する作品すべてが終了する。最後の劇場に入ろうとすると、声をかけてくる男性がいた。「日本人ですか?」。そうだと答えると、「私の映画を観にきてくれたのですね?」と気さくに話しかけてきた。邦画、洋画を問わず、作品を鑑賞する前に監督のほうから握手を求められて、「上映後に感想を聞かせてくれ」といわれたことはない。どう対応していいのか、会話の内容にすら困った。
作品は『The Great Happiness Space :Tale of an Osaka live thief』、邦題『大阪恋泥棒』というドキュメンタリー。ナレーションは一切なく、大阪のホストクラブを密着取材し、そこで働く人々の姿を中心に、ホストと女性客の「嘘と本音とお金のやり取り」を日本人以外にわかるように工夫して構成されていた。恥ずかしさを気にする日本社会の特徴だろうか、取材が外国人の映画監督ということもあってか、インタヴューされているホストや女性客は日本国内のマスコミ取材なら話さないような内容も気さくに話していたように思う。また、字幕の英訳は日本語の言葉を訳すのではなく、意味をストレートに訳していたので、観客の飲み込みもスムーズだった。
エンディングでは拍手喝采が会場に響き渡り、監督の挨拶が始まった。監督への質問がやまず、次の作品の上映があるのでと、質疑応答が途中で打ち切りになるほどの反応があった。前半は外国人から見て「日本に存在する不思議なホストクラブ」を見せ付けるシーンが多かった。これでは日本社会を観客が勘違いしてしまうと、私が危機感をおぼえた後半、「どうしてこのような娯楽が求められ、考えられないようなお金がやり取りされるのか」という問題点にわかりやすく切り込んでいく。すべてが納得できるものではなかったが、トータルで一応の説明が完成されていた。
終了後、あらためて監督であるジェイク・クレネル氏と話した。私が字幕の英訳が非常にわかりやすかったこと、ホストクラブを面白おかしく取り上げるのではなく、それらが存在する理由をエンディングまでに説明し、ホストと女性客の双方が持つ悩みに迫って幕を閉じる構成が大きな説得力を生み出していることを申し上げた。クレネル氏はその2点が作品を完成させるに当たって、もっとも時間を費やした部分であり、日本人に理解してもらえたことは自信になる」と話してくださった。
異国生活の中で、異国人が撮影した日本をスクリーンで見つめている。言葉は日本語、字幕は英語。『初恋』はドラマであったが、今回はドキュメンタリー。異国人に混じって異国の映画館で日本を見たこと。この先の自分にまたひとつ財産となる視点を授けていただいたような気持ちになった。
2006年8月24日(木) 映画を観る視点
久々に暖かい日差しがエディンバラをつつんでいる。夏日とまではいかないが、半そでで歩ける。こんな当たり前のことが何故かうれしい。
ここまで、11作品鑑賞して、宇宙が出てくるようなハリウッド的非現実映画は一切なかった。むしろ現実に沿って何かを訴えていく作品こそがFILMフェスティバルに求められる作品なのであろう。そう考えると、ハリウッド大作というものが、いかにアメリカ的なだけのもであって、欧州を含めた、世界的なものではないことが確認できる。
ただし、映画を製作し、それを商品とする力と客の購買力はアメリカが断トツナンバー1。したがって、非現実的映像を好むアメリカのお客さんを無視した仕上がりで収益を上げ、作品を世に残すことも不可能。理想と現実の落としどころを見出して成功した作品の名前だけが残っていく。
さて、国際映画祭ではほとんどの作品の上映後、監督による舞台挨拶と質疑応答が行われ、どのようにして作品を制作し、どのシーンにどのような意味とメッセージがあったのか説明が受けられる。たとえば「この終わり方は何なんだ?」と思う作品に、「どうしてあのようなエンディングを選んだんですか?」と直接聞くことができる。すると、どういうわけか。私も納得してしまうというか、「その作品のわび・さび」だけでなく映画というジャンルの奥深さを思い知らされる。
今日、鑑賞した人種問題を背景にした『SKIN』というポルトガル映画の監督は「人種問題はこの作品において要素のひとつでしかない。人間はどんなに恵まれた人でも何かしらの問題を抱えているはず。だからといって、毎日をすねて暮らしていくわけにはいかない。自分という人間の足場を自分で見出し、どのように生きていくのかを見つける姿を映画にしたかった」と説明していた。
頭の中が、まだまとまっていないのでうまく説明できないが、どうやらこの10日間で映画への考え方がすっかり変わってきてしまったようだ。今まで私はどれほど映画を真剣に観てきたのだろうか。娯楽映画ばかりに目を奪われ、本来注目すべき、人間として考えなければならない当たり前のテーマを題材にした作品を省みなかったのでないだろうか。国際映画祭も残り数日。できればそれまでの間に作品からのメッセージを受け止められるようにできる限り多角的に作品を捉える努力をしてみたい。
2006年8月23日(水) 中国映画 再び
舞台は中国の大連。田舎から上京してきた父親を娘が迎えに来るところから映画は始まる。父親の目的は「娘の兄」つまり自分の息子を探し出し、田舎で不治の病に臥す母親にあわせること。娘と定年を間近に控えた警官の協力を得ながら父親は娘のアパートを拠点に息子を探し続ける。
娘も問題がないわけではない。彼女が働いているのは当地最大級で裏社会の人間も出入りするカラオケクラブ。人気ナンバー1ホステスの座を維持しているものの、腹の出た中年のクラブオーナーとは肉体関係にあり、それらの事情を父親に言えずにいる。
『Luxury Car <Voiture De Luxe>』と題するこの中国とフランスの合作映画は娘の感情の変化を中心に、息子を探す父親の心理と、中国社会独特の「複雑で嘘と本音のハッキリしない人間関係」をリズムよく描いていく。カンヌ映画際でも評価が高かった作品だけあって、観客の受けも良かった。
このような作品が出てくる傾向を考えると、今後、日本においても優秀な中国映画が多く輸入されるようになるだろう。中国映画といえばカンフーや中国マフィアといった「香港映画のようなダイナミックな作品」と考えがちだが、西側諸国と合作で作られた作品は一見に値する。今後の日本における中国映画の動向も注意して観察してみたい。
写真はたびたび講義を受けた会場、エディンバラのシェラトンホテル。
2006年8月22日(火) リーグCUP一回戦
昼から鑑賞したフェスティバル作品(アルゼンチン映画)を鑑賞し、イースターロード・スタジアムに向かった。スコットランドのサッカーでは通常のリーグ戦のほかにリーグCUP(日本でいうナビスコカップ)とFA・CUP(同じく天皇杯)がある。今日はリーグCUP一回戦だ。今日の相手は3部リーグのピーターヘッド。
どの競技でも格下との戦いは特殊で独特な難しさがある。しかし、格下との戦いは、スポーツチームを運営していく上で避けては通れない戦い。同様に格上に捨て身でぶつかっていかないといけない状況だってある。今日は「強者、弱者、お互いどのような戦いをすべきか」をじっくり勉強させていただいた。学びたいと思えば、どのような環境にも学ぶべきところはたくさんある。ただ、映画とスポーツ観戦の両立は体力的に厳しい。何より街が混雑しているため移動に予想以上時間がかかる。今が正念場ですかね。
2006年8月21日(月) 月曜日のゴールマウス
先週は野暮用で参加できなかったフットサル。今週はしっかり参加。ところが、9人しか現れず、私は4対5で行われる変則ゲームの4人チームでGK。人数が少ないために「いつも以上のシュート」が飛んでくる。オーバーラップして攻撃参加も要求されるため、ゴールマウスに張り付いているだけでは許されない。
必死になりながら、ひとつだけ発見したこと。それは、「どんな環境でも練習はできる」ということ。よくハイビースでも9人しか集まらないことがあった。真剣な選手はその度に不安や不満を抱いたに違いない。こんなことをいう私も当時はイライラしていた記憶がある。しかし、圧倒的不利な4人のチームでプレーしている途中、「練習だからどれだけ点を取られても構わない、それより1本でも多くのシュートを受けよう、そのほうが練習になる」と割り切った途端、「練習はどのような環境でもできる」気がしてきた。
9人しか来なければ、4対4をフルにコートを使って行うこともできるし、一人をセンターサークルにフリーマンにしてゲームをすればいい。オシムはサッカーコート全体で3対3のゲームをよくやらせるという。はじめは不平を言っていた選手たちも、今ではその効果をはっきり理解しているという。何より運動量が要求され、攻守の切り替えや連携の正確性が必要になる。
あえて私が言うまでもなく、今のハイビースは、これらのことが自然とできているだろう。少し言いすぎて申し訳なくなってきた。先日、届いたハイビースのメンバーからのプレゼント、サッカー雑誌は大切に何度も読み返している。この異国で読むがゆえに、非常に勉強になっている。心から感謝の意を申し上げたい。
2006年8月20日(日) 初恋 First Love
現在、開催されているエディンバラ国際映画祭に出展されている唯一の日本作品、『初恋〜First Love〜』を鑑賞。今までは日本にいて、英語の作品を字幕で楽しむという経験しかなかったが、今日は逆に日本語の作品を英語の字幕つきで鑑賞するという不思議な体験をした。会場に何人の日本人がいたかは知らないが、9割以上の観客は字幕を通じて映画を理解するしかない中、私は字幕と「映画で使われている一切の日本」で理解できる不思議な立場にあった。
結論から言えば、この作品は非常に受けが悪かった。終了後の観客の顔を見ればわかる。その理由は、映画そのものが外国人に受けるようにできていないからだ。「外国でも受け入れられるように製作するべきかどうか」の議論は別として、日本人で、60年代に起こった『3億円強奪事件』を当たり前に知っている観客なら楽しめる部分が多かったかもしれない。
また、クライマックスで表現される日本的な感情表現が外国人にもわかるように工夫されていなかった。事件の一般的な説明を含め、もう少し、複線を用意して、エンディングに入ってもいいのではなかったか。英文訳も日本語の会話の意味をミスリードしてしまっているケースが多かった。
日本で上映するなら、まったく問題はなかっただろう。「あの事件は女子高生の仕業だったのか?」という疑いフィードバックが当たり前のように観客にできるからだ。日本で収益を上げるために作られた作品に海外からの視点で善し悪しを問うのはナンセンスかもしれないが、あえて言うなら、ここに日本的な考え方の失敗がある。我々日本人には「日本で作られた最高の作品は、海外に出ても最高の作品だ。」という錯覚がある。どんな日本料理でも外国で評価を得ようと思えば、何がしかの「外国人むけの工夫」が要求される。サッカー日本代表も海外で勝てる選手を育てるなら同様の工夫が要求される。そのことを忘れがちになっている。
私個人としては、『初恋〜First Love〜』は久々に楽しい時間となった。これほど多くの日本語のやり取りを映像で受け止めるなど、今までなかった。一方で、海外から日本を分析するという別の視点も自分の中で磨いていかなければならない必要性も改めて感じた。なぜか、最近、映画を観ると悩みが増えていくような気がしてならない。
写真上は『初恋』のワンシーンを広告にした横断幕、下は寒いエディンバラの夏を移したひとコマ。
2006年8月19日(土) 忙しいホームゲーム
映画の講座を午前中に受講し、午後はハイバーニアンFCのホームゲームを観戦。なぜか土曜日も講座があり、午前中はエディンバラ・シェラトンホテルの一室でアメリカ人評論家、エディー・クックレル氏の講義を受けた。正直、アメリカ訛りの英語が全く聞き取れない。また、この人はよくしゃべる。
ようやく開放された午後、イースターロード・スタジアムへ。久々のスタジアムの開放感に思わず深呼吸。しばらく映画館の暗い密室に通いっぱなしだったため、こうしてゲームを観戦できる幸せがよく理解できる。試合結果は3−1でハイバーニアンがマザーウェルに勝利。ようやく今期、リーグ戦初勝利です。
2006年8月18日(金) シャーリーズまで1.3メートル
秋を通り越して冬が来てしまったのかと思うような冷たい朝だった。もう、夏日は来ないのだろうか?寒い冬というのもつらい気候であるが、同様に「冷たい夏」というのも、リズムを維持して、快適に過ごすのが難しい気候である。
寒さをしのぐように乗り込んだバスの中、メトロ紙の一面にシャーリーズ・セロンがにこやかに写っている。どうやら、昨日、エディンバラ国際映画祭にゲスト出演したらしい。シャーリーズ・セロンというアカデミー賞女優とこの映画祭の芸術監督との「公開トークショー」でのやり取りが記事になっている。
私が今、一番ハリウッドであってみたいと思う女優と、ここ2日間私がレッスンを受けていた講師がトークショー? 私は一体どこに目をつけて生きているんだ。新聞に出ているということは、もう見なくてはならないイベントは、終わってしまっている。しかも、私がサーカスを見ている間に。終日、自分の情報収集能力の至らなさに後悔ともどかしさが抜けなかった。
夕方、気を取り直して、上映会場に向かった。すると、会場の前には赤いじゅうたんが敷かれ、マスコミがたむろしている。聞けば、シャーリーズ・セロンが登場するという。2夜連続で登場とは、昨日のチャンスを逃した私には願ってもいない偶然。本人と話すことはできなかったが、私の横にいたインタヴュアーとのやり取りを耳にすることはできた。
新聞記事に載っていた「前日の自然なファッション」に対し、どちらかといえば、しっかりメイクして、黒で統一されたドレスに身をつつんだ彼女を見ていると、「有名になるということの大変さ」を感じずにはいられない。どこへ行こうがマスコミが付きまとい、あらぬ噂を記事にする。それでいて、業界に収益をもたらすようにすべての行動に様々な注文が入り、気がつけば自分は巨大映画産業の商品になってしまっている。
本来なら、「貴重な瞬間に立ちあえた」と感激するべきだろう。しかし、見なくてもいい映画界の一面を覗いてしまった実感が頭から離れない。数分の会話のやり取りから、このような結論を引き出すのは、私の一方的な受け止め方にも問題があるのかもしれないが、成功という輝かしい名誉の裏には、必ず表には出されない「自己犠牲」が存在するのも事実であろう。少し、切ない気持ちになりながら、私は自分の予定にあった劇場に向かった。
上映終了後、アパートに帰ろうとすると、どこかで噂でも聞いたのだろうか、アカデミー賞女優を待つファンが集まっていた。私と違ってパスがないために、入り口で座り込んでいる。ほとんどが一目でアメリカ人とわかる容姿をしていた。その容姿について詳しく述べないが、テレビ、映画、音楽を通じて我々日本人は「アメリカ人は自分たちより優れている」と思わされがちだが、英国でアメリカ人を見かけると「日本人に生れてよかった」と心から思うときがある。この話題については誤解も生じる可能性があるため、いずれの機会に申し上げたい。
残念ながら、こういうチャンスに限ってカメラを持ってなく、シャーリーズの写真は撮影できなかったので、ありません。
2006年8月17日(木) モスクワ・サーカス
もう10年前のことになるだろうか、私が英国バーミンガムに暮らしていた頃、サーカスを観にいったことがあった。バスを乗り継いで郊外に行き、そこに建てられたあやしいテントの中で、ドキドキして見入っていたのを覚えている。この『モスクワ・ステイトサーカス』と呼ばれるこのサーカス団は現在、フェスティバルで人の多いエディンバラに巡業に来ている。
今日、とあるご縁で、このサーカスの招待券を頂いたため、10年ぶりにモスクワ・サーカスを鑑賞させていただいた。何事も比べてはいけないが、テントも施設も、きれいになっており、衣装や証明は数段きらびやかに彩られていた。ロシア民謡をリズムよく奏でるバンドも、超人的なパフォーマンスを見せる団員も人数が増えていた。
どこの世界でもあることだが、組織が大きくなれば、それだけ中味の質が落ちる。今回のサーカスはその典型だった。10年前は少ない人数でようやく切り盛りしている「貧しいサーカス団」の雰囲気丸出しで、そのあやしさと必死さがパフォーマンスに重要なアクセントをつけていた。確かに欧州全体が裕福になるにあわせて、サーカス団も利益を得てきたのかもしれない。しかし、「これぞ、モスクワ・サーカスだ」というものが失われているような気がした。組織の成長に比例して「内部争い」も増えていくことだろう。この成長がときとして観客の期待する質を下げてしまう要素になりやしないか? 組織は本当に複雑であり、恐ろしいものである。ある大企業の社長が言っていた。「我々は組織に成長が見られると、その部分だけはできるだけ分社分権するようにしています。」異国の地にて、また、かつて頂いた大切な言葉の意味を噛み締めている。
写真はサーカステントの外観とその日に食べたタイカレー。
2006年8月16日(水) 中国映画
今日は午後に1935年の米国映画を、夜に『Summer Palace』という中国映画を見た。中国映画は2時間半という長編だったが、とりあえず、訴えたいことは理解できた気がする。細かい内容には触れないが、自由化が進む中国では、経済的な格差や、時代の移り変わりから発生する困難が大きく存在しており、作品では、最終的に「その中でどのように生きていくか」がテーマになっていた。
おそらく中国を知らない観客は、この作品について「サッパリ理解できない」と思っただろう。私は映画について基本的な知識すら持ち合わせていないが、舞台となる国や地域の情勢を考えることで、何とか作品がより深く理解できるように努力している。コースダイレクターもそれでいいといってくれている。それにしても、英語の字幕で第二外国語の映画を見るのは疲れる。
写真上はエディンバラ国際映画祭の取材用のメディアセンターというべき、デレゲイト・センター、下は関係者用のコーヒーラウンジ。
関連サイト1
関連サイト2
2006年8月15日(火) 2日目のとまどい
今日はドキュメンタリー映画について学んだ。何かを演じている人が映画をリードするのではなく、実際に目の前に起こったシーンをカメラが捉え、それを編集したものが作品となる。したがって、普通の映画に比べてドライに仕上がっているため、集中力と現実を的確に捉える能力が要求される。
作品は『ボイス・オブ・バム』。2003年にイランで起こった大地震の被災地を撮影し、家族を失った被災者がコメントをつけて進んでいく作品。今までにドキュメンタリーを鑑賞したことがほとんどなかったため、映画館でこのようにあらためて接してみると、言葉では表現できない難しい心境に陥ってしまう。
ドキュメンタリーは撮影する側も、鑑賞する側も、また評価をする側も非常に高度な技術や忍耐を伴う、非常に難しいジャンルだ。それがわかったことだけが今日、唯一の収穫だろうか。(写真はフィルムハウス)
2006年8月14日(月) フライング・スコッツマン
今日から新しい大学での公開講座、エディンバラ国際映画祭の取材IDを得て各作品を鑑賞し、知識を広げていこうとする講座「フィルムフェスティバル・インサイド」が始まった。初日はスコットランドを舞台にした実話を映画化した『フライング・スコッツマン』のプレミアへ公式参加。大学の名前でIDパスをもらい、首から提げて会場へ。
作品は1990年代、スコットランド出身の競輪選手、グレアム・オーブリーが1時間に走れる走行距離の世界記録を破るため、自転車や自己の肉体の改造を追求していく実話を映画にしたもの。いずれ日本でも上映されるだろう。モチベーションを高めたい運動選手にオススメ。スポーツをしなくてもチャレンジ映画が好きな人なら必ず興奮を覚えるはず。主人公のオーブリー役には『トレインスポッティング』でシックボーイ役、その他『ドラキュラ』などで好演をみせたジョニー・リー・ミラー。彼のアシスタントコーチ役にビリー・ボイド(ロード・オブ・ザ・リングのピピン役)。その他、非常に有名な俳優とスタッフが参加している。
上映後はオープニングパーティー。主役を演じたミラーを除けば、ほぼ全員が作品から参加しており、私もビリー・ボイドと本物のグレアム・オブリーと話す機会があった。どちらも非常に優しく接してくれ、嫌がらずに数分会話に付き合ってくれた。ビリー・ボイド(下の写真手前でインタヴューを受けている)は私が「彼の演技の細かさにいかに感銘を受けたか」を話すと日本語でアリガトウと答える気さくさ。オブリー(下の写真後方)はぜひ、日本の友人にも作品を紹介してほしいとにこやかに語った。この国における映画やメディアの基礎知識が私にあれば、もっと多くの方とお話しをすることができたかもしれない。最高の瞬間に巡り合って初めて、「自分に何が足りないのか」を思い知らされる。この機会を得られた幸福に感謝しつつ、まだまだ自分は・・と思わずにはいられない。
2006年8月13日(日) フェスティバルの盛り上がり
フェスティバルはいよいよ佳境に入ってきた。前評判と比較して、「見に行く価値があるショーかどうか」を新聞は連日のように記事にしている。
さすがに、ここまで長い間、フェスティバルが続くと、地元で生活する人間は疲れてくる。開催期間がようやく折り返し地点に来たというのに、私は少々、疲れ気味。逆に待ちは観光客が増えるばかり。月末がピークだという。
今まで移動に利用していたバスで中心街を抜けようとすると、とんでもない渋滞に巻き込まれる。中心街は自家用車が規制されているにもかかわらず、観光客のなれない乗り降りのために、また、圧倒的な人数により、普段の倍以上の時間がかかる。
明日から大学で新しい公開講座が始まるが、大学に行くことですら、今までにない不便が付きまとう。忍耐が必要だ。
2006年8月12日(土) 6年ぶりです
エディンバラ・フェスティバルの一環に更にもうひとつ、ブック・フェスティバルというものがあり、今日がその初日。シャーロット・スクエアで開催されているこのイベントのオープニング、地元が輩出した国際的な作家、アーヴィン・ウェルシュ氏のトークショー行ってきた。
彼の代表作は「トレインスポッティング」「アシッドハウス」「エクスタシ−」「マラボゥスト−ク」「フィルス」など。処女作「トレインスポッティング」はその半自伝的小説としてうまれ、1993年に発表されると、映画とともに世界中に、そして日本にもトレインスポッティング旋風を巻き起こした。また、ハイバーニアンFCの熱狂的なサポーターで、彼の作品のいたるところにハイバーニアンFCが姿を現す。
彼と私には共通の友人がいる。ハイバーニアンつながりだが、2001年の正月にその友人を介して、アーヴィン・ウェルシュ氏を含め、みんなで飲みに行ったことがある。トークショーのあと、サイン会に移り、日本から持参した「トレインスポッティング」にサインしてもらっていると、思い出したかのように、そのときに話題になり、以前、私がお渡ししたベルマーレのユニフォームの話になった。
あの頃と比べ有名になってしまった方だけに、忘れているかと思いきや、はっきり覚えていらっしゃるとはさすがでした。私もうれしい限りです。これからの作品も楽しみにしております。
2006年8月11日(金) ご縁は大切に
夕方、友人と待ち合わせるため、大学構内に設けられた巨大なテントへ。ここにはBAR、ステージ、イベント会場が並んでいる。普段はただの空き地なのに。
友人を探していると、先日紹介した『が〜まるちょば』のKさんと遭遇。お忙しい中、ゆっくりお話させていただいた。Kさんも行ったりきたりのエディンバラ暦は長い。話せば尽きない。ぜひ、お体を大切に。最後の公演まで、無事に終わりますようお祈り申し上げます。苦労を続けてこられた方と、こうして異国の祭りで話をさせていただくというのは、本当に財産です。
2006年8月10日(木) 8月のエディンバラ
きれいに空が晴れている。しかし、それも長くは続かず、あっという間に曇り空がやってくるだろう。時には夕立のような雨まで伴い、そして、また晴れた空になるパターンだ。気温はようやくTシャツになれるかなれないかぐらいの体感温度。もちろん風が吹いたり、霧がかかったら一気に寒くなる。
夜は羽織るものがなければ外出できない。いずれ紹介するが、各種イベント会場のテントには街灯のような形をした石油ストーブが並んでいる。もうすっかり秋の陽気だ。もう、このまま夏日がないまま冬になってしまうのだろうか。
2006年8月9日(水) デスノート 2
ようやくデスノート4巻から6巻までを読むことができた。しかし、次を読めば、また次が読みたくなる。結局は同じこと、読むことができても、我慢の日は続く。ちなみに、平家物語はおかげさまで15巻まですすんでいる。あと、2冊。そうなれば太平記を読むことに。頭の中だけは次の大河ドラマが決まっているような感じだ。異国の地で読む古典文学は、非常に参考になる。
2006年8月8日(火) 映画を学べ
来週からフィルムフェスティバルが始まる。街中がさらに混雑した状態になるだろう。エディンバラ・フェスティバルの一環にフィルム・フェスティバルというものがあり、世界中から出店作品が集まる。
日本からも『初恋』という作品が出展されている。私はよく知らないが、なんとか、あおい、って人いるだろうか?NANAとか言う作品にも出ていた人だ。その人が主人公になって60年代の青春ドラマを展開していく作品らしい。聞くところによると、60年代最大の銀行強盗事件にからんでくストーリーだという。できる限り時間を見つけて見に行こうと思う。
さて、私のスケジュールはといえば、このイベントにあわせてエディンバラ大学が「映画を学ぶ短期講座」を開設しており、ちょうどこの時期に自分が申し込んだ別講座がキャンセルになったため、代替に「フィルムフェスティバル研究」という別の講座を履修申し込みしてみた。忙しいスケジュールになるがうまくいけば様々な文化やアイデアが短期間で学べるかもしれない。
中国、インド、英国、フランス、ドイツ、スペイン、イタリアってもう、世界中の作品が集結する。アジアは韓国からが特に多い。本来なら短期間に味わえることではない。
実は私は短観上映作品を見るのが趣味で、よく渋谷、有楽町、関内に足を運んでいた。今回は字幕ナシ。できるだけ頑張ってみよう。
2006年8月7日(月) 月曜日のゴールマウス
最近は練習後のコミュニケーションも大切だと感じ、できるだけ、1杯ぐらいは付き合うようにしているため、いつもの他流試合あった月曜日の夕方、BARに入った。
時間が経ち、そろそろ帰ろうと思った頃、BARに2人組の大きな男が入ってきて「あなたが着ているのはベルマーレ平塚のシャツじゃないですか?」と声をかけてきた。この国での他流試合は98年度モデルの「ベルマーレのトレーニングシャツ(長袖)」を着用し、参加しているいるため、練習後はイヤでもそのシャツでうろつくことになる。そのシャツを見かけて声をかけてきたわけだ。疲れてもいたので、簡単な会話であしらったが、彼らはしばらく日本にいたことがあるらしい。しかも、「そのチームって、もうなくなっちゃったんだよな?」なんてことを言い出したため、話す気がうせてしまった。
隣にいた私の友人は、後に、その2人組が「恋人同士の男たち(おほもだち)」だと教えてくれた。危ないところだった。危ないのはゴールマウスの中だけではない。シャツを着ていれば、いつだってゴール前の緊張感を維持していなければならない。
2006年8月6日(日) エディンバラ・フェスティバルの初日
ラジオで今日の午後はパレードがあると言っていたので、午後、街へ出てみると黒山の人だかり。パレードは全く見えず。天気もいいだけあって、人は薄着で密集し、混雑状態。人の多さから発生する気持ち悪さもあり、ものの30分でご帰宅。アパートに戻って久々にスコットランド産の鮭とホタテを使って「石狩鍋」を作ることに。こういった食事は、やはり、いつ、どこの国で食べても美味しいねえ。
さて、夜は大学のシアターで「Jimeoin」のコメディーを鑑賞。彼のわかりやすいトークとおちに笑いが止まらなかった。思えば10年前、私がこの街に若き観光客としてきた際、どのショーを見ても全く言葉がわからず、笑い続ける人々に囲まれてこぶしを握り締めたのを覚えている。あれから、思えば長い時間を要したが、ようやくコメディーの笑いがわかるまでになった。公演終了後、おもしろかった、というよりは嬉しかったという気持ちでアパートに向かった。
ちなみにJimeoinはダウンタウンの松本人志のようでもあり、言葉はアイルランドなまり。非常になじみやすかった。いずれ、また、拝見したいと思う、いいコメディアンだった。
2006年8月5日(土) 土曜日の散歩
今日は市街中心部でモダンオーケストラのコンサートを鑑賞するため、1月からエディンバラに住み始めて、初めて土曜の夜に市街中心地にやってきた。7年前に暮らしていた頃は、この週末の夜の外出こそが楽しみであったのに。
土曜の夜もフェスティバルの影響は免れず、いたるところでストリートパフォーマンスが見られる。ギャラリー前のスクエアではボンゴのリズムに合わせてファイアーパフォーマンスが続いている。ストリートで物を売る人も増えた。中には販売が違法なのだろうか警察に職務質問されている者もいる。
さて、コンサートは会場のトラブルで1時間送れてスタート。そのため、外で1時間以上待ち、座席に付いたころは音楽を楽しめる状況になく、せっかくの時間が楽しさ半減。時間も遅くなり、バスもなく、深夜1時近くをアパートまで歩いて帰った。まあ、夏で寒くなかっただけ、救いかな。
2006年8月4日(金) プレヴューまわり
エディンバラのフェスティバルは正式には8月6日の日曜からということになっているため、今日、明日までは各コメディーショーやMUSIC LIVEもプレヴュー扱いとなり、値段も半額以下名ところが多い。このようなチャンスを逃してはいけない。時間と値段と場所を確認し、チケットを買いあさる。
各種ショーにはすばらしいもの数多くあり、このように短期間に拝見させていただける幸福を感謝しなければならない。しかし一方で、全くもって理解ができなかったり、学ぶことの少ない、いわば「ハズレでショー」もたくさんある。
実際、どのイベントやショーに足を運ぶべきなのか?ヒントは地元の人間の評判と、各種ガイドブック、新聞や雑誌のコメントである。ただ難しいのは、それらの情報を入手した頃には、別の人間が既にチケットをおさえてしまっている場合が多い。したがって自分の直感で事前に情報を分析し、できるだけ早くチケットの購入を済ませなければならない。もちろん、すべて読むのも、書くのも、話すのも英語での作業になる。また、運よくチケットを入手してもステージで使われる言葉はすべて英語である。今こそ、今まで学んできた取材力、語学力、コミュニケーション能力を発揮しなければならない。
上の写真は仮設テントに儲けられたチケット予約センター。自分でパソコンを操作し、希望のイベントを予約するというもの。下の写真はストリートでパフォーマンスをする人形劇団体。ストリートでのPRは最高の宣伝効果をもたらすという。
昨日と今日で一気に3つの公演に足を運んだ。プレヴューも明日までがピークだ。できる限り、値段が安いうちに、多くの作品を見ておこう。
2006年8月3日(木) 8月の行方
3日間の短期研修が終わった。研修は終わったものの、今日までに得た知識を使って自分のホームページを整備しなければならない。また、そうすることで、得た知識を自分なりに復習できるはずだ。8月は誰かに教えてもらう学習ではなく、自分で見つけた学習を、自分の頭と身体で行っていかなくてはならない。これはまた別のつらさが伴う。しかし、世界最大級のイベントが毎日のように行われるなかで、同時進行で勉強ができると思えば、こんなうれしいことはないじゃないか。
さて、私が申し込んだ公開講座がことごとくキャンセルになり、予定されていた勉強ができなくなっている。また、この時期に代替え講座を希望しても既に締め切っているものや定員を越えているものが多く、そのために新たな計画を練り直さなくてはいけなくなっている。あせることはない。捨てる神あれば拾う神もあるだろう。ここはあせらず、きっと何か最善の方法にぶつかると信じよう。
街はもうイベントモード。まだ試運転のはずだが、これだけでも平塚の七夕祭りの数倍の規模である。エディンバラ・フェスティバルを体感しながら「自分が求めるヒント」を得ようと、この街に根を下ろしてから必死で語学を中心に研修に励んできた。いよいよ、これからが収穫期であり、収穫したもので何を見出すのかが本当の勝負だ。
2006年8月2日(水) 東京オバカサン
研修を終え、大学の施設を通り抜けようとすると、エディンバラが、昨日までのエディンバラでないことに驚かされた。もう、街全体が巨大な文化祭会場になっている感じだ。それだけではない、仮設テントや各種イベント会場にはいつも存在しないBARやチケットオフィスが並ぶ。平塚の七夕祭りが始まる前日のような雰囲気がする。この雰囲気は世界共通なのだろうか。
今日はこのフェスティバスに出演する日本から来たパントマイム・ユニットのプレヴューに行ってきた。会場は大学の学生会館にあるディベートホールがそのまま舞台になった「ギルデッドバルーン」。『が〜まるちょば』と名乗る彼らの詳細をご紹介したい。が、残念ながら許可を得ていないため、上の写真をクリックして彼らのホームページをご確認していただきたい。非常に芸が細かく、日本語はおろか、言葉を一切使わずに会場を笑いと感動でつつんでしまう実力は折り紙つき。過去2年、このエディンバラフェスティバルで賞を得ている理由もよくわかる。
エディンバラに来る予定のある方は、ぜひ彼らの舞台を御覧になられるよう、お願いしたい。きっと満足されると確信している。
2006年8月1日(火) 研修再開
8月に入り、今日から別の研修がスタートした。パソコンを使ったHTMLの講義である。私が管理するすべてのホームページは「あるソフト」を使って書かれているため、実際のHTMLによる画面の構成には全く知識がない。自分の今後のビジネスのためには、これらの知識を身につけておいて損はないはずだ。基礎からホームページを学ばなくては。
とは言いながらも、なれないパソコンの授業を1日6時間は正直、キツイ。初日から四苦八苦です。
さて、エディンバラの市街地はフェスティバルを迎える準備がほぼ出来上がっていた。いくつかのショーは今夜から始まるという。何せ大学が8月中、フェスティバルのメイン会場になるから、ゆっくり勉強なんてできるわけがない。8月は自分のペースで公開講座を学びながら、フェスティバルの取材に時間を使っていきたい。


The longest journey is the result of many small steps!









































